今年も受験が終わりました。そして、今年も当たり前のように「奇跡」が起きました。

 具体的な「奇跡」の内容は、本人の特定につながりかねないので言えませんが、確率的には約0.015%。6800人いて1人しか得られない確率です。詳細は、今年の1次試験はだいたい6,800人ほどが受けられたのですが、その中で今回起きた「奇跡」を得られた方は、そのうち多くても5人くらいと予想されます。ただ、この「奇跡」は調べてみると約5年に1回しか起きないので、単純計算で5人/(6,800人/年×5年)≒0.015%となるわけです。

 ここで当塾の特徴といってもいいのですが、このような「奇跡」が実は結構当たり前に起きます。ということで、本来ならばこの流れなら今回のテーマは「なぜこのような奇跡が簡単に起こせるのか?」についてお話ししようかと思っていました。しかし、話していくにつれ論点がずれてきてしまったので、それはまた別の機会にお話しします。今回のテーマは「学ぶことの楽しさ」についてお話しいたします。

 当塾の生徒の中には、「勉強を教えてほしい」と自ら親や先生に提案してきたり、「勉強が楽しくなった」という感想を持たれた方がおられます。授業時間が終わっても勉強をし続けたり、こちらが勉強を止めさせ無理やり帰すこともしょっちゅうです。そして、当塾の特徴として「教えない」というのがあります。

 勉強とは本来「学ぶ」ことであり、それは非常に「楽しい」行為です。なぜ楽しいかと言うと、「分からないことが分かるようになるから」です。一方、テストで点をとることは、問題が「できる」ということです。

 よく「『分かる』と『できる』は違う」と言われます。分かっててもできなければテストで点を取れない。この点数が、周りとの比較の対象にもなってしまい、勉強が嫌いになる要因になるわけです。

  世間一般の塾の在り方もそこに準じます。ようは、「テストで点が取れるように教える」ということです。親も子も望み、塾側はテストの点で評価が決まります。これはこれで正しいあり方です。スイミングやサッカー、スポーツジムなどと同じで、「〇〇ができるようになりたいから」という願いを叶えるために存在しています。

 しかし、うまく教えないと、子供たちに「学ぶ」機会を失わせてしまいます。当塾は「教えない」ことで生徒1人1人の「学ぶ」機会を与えます。そのため、生徒は自ら考えるようになるわけです。「今回これで失敗したから、次回は違う方法でアプローチしてみよう!」などと、失敗を糧にするわけです。失敗し続けることで精神的にもタフになります。

  また、「学ぶ」行為をし続けると、いろいろなことが知れます。自分が分からないこと、何が分からないかすら分からないこと、少し理解できること、勉強なのにこの単元はやっていて少し楽しくなってくること、等々。こうなってくると、「知る」ことが「楽しく」なってきます。

  「学ぶ」楽しさ、「知る」楽しさを知ると、テストの点を取ることにこだわらなくなります。逆に、テストの点はじりじりと上がってきます。当然です。楽しいわけですから。全然関係ないところに脱線することも多々あります。「なぜ?」と思うことが日常茶飯事になります。そしてすぐその理由を知りたくなり、調べ始めます。その行動の積み重ねが、学校の勉強にも良い影響を与えるわけです。「学ぶ」こと「知りたい」と思うことは、人間の1つの真理であると私は思っています。そのため、100%正しく、いい方向に向かうものだと思っています。「学ぶ」ことさえ頭に入れておけば、すべてがうまくいくでしょう。塾でもそのように塾生に教えています。

 実は、今この瞬間のみ、皆さん知識を得る大きな大きなチャンスを迎えています。

 この文章を読んでくれた方への、私からのプレゼントです。

 「チャットGPT」という、世界を大きく変えるアプリが、皆さんの知りたいという知識を大きく叶えてくれます。あまりの発明により、いずれ様々な規制がかかってきます。その前に、「チャットGPT」を活用して、様々な知識を得ましょう